1998年に世界保健機構(World Health Organization:WHO)(文献1)から、2001年に米国のNational
Cholesterol Education Program’s Adults Treatment Panel III (NCEP-ATP III)(文献2)から、相次いでメタボリックシンドロームの診断基準が示された。その後、2005年に国際糖尿病連盟(International
Diabetes Federation:IDF)から、そして同年に、わが国でもメタボリックシンドロームの診断基準が示された。
表1. メタボリックシンドロームの代表的な診断基準の比較
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WHO(1999) |
NCEP-ATP III (2001) |
改訂版NCEP-ATP III (2004) |
IDF (2005) |
日本内科学会 (2005) |
定義 |
糖尿病、空腹時高血糖、耐糖能障害、またはインスリン抵抗性と以下のうち2項目 |
以下の項目のうち3項目以上 |
以下の項目のうち3項目以上 |
中心性肥満(ウエスト周囲長:民族・男女別に定義)と、肥満を除く以下の項目のうち2項目以上 |
中心性肥満(ウエスト周囲長:男女別に定義)と、肥満を除く以下の項目のうち2項目以上 |
肥満 |
ウエスト・ヒップ比 男性>0.90 女性>0.85 または BMI>30kg/m2 |
ウエスト周囲長 男性≧102cm 女性≧88cm |
ウエスト周囲長 男性≧102cm 女性≧88cm |
《必須項目》 ウエスト周囲長 (例. 欧州人) 男性≧94cm 女性≧80cm |
《必須項目》 ウエスト周囲長(日本人) 男性≧85cm 女性≧90cm または 内臓脂肪面積≧100cm2 |
中性脂肪 |
≧150mg/dl |
≧150mg/dl |
≧150mg/dl または薬物治療中 |
≧150mg/dl または薬物治療中 |
≧150mg/dl または薬物治療中 |
HDLコレステロール |
男性<35mg/dl 女性<39mg/dl |
男性<40mg/dl 女性<50mg/dl |
男性<40mg/dl 女性<50mg/dl または薬物治療中 |
男性<40mg/dl 女性<50mg/dl または薬物治療中 |
<40mg/dl または薬物治療中 |
血圧 |
≧140/90mmHg |
≧130/85mmHg 高血圧既往あり治療中 |
≧130/85mmHg 高血圧既往あり治療中 |
≧130/85mmHg または高血圧治療中 |
≧130/85mmHg または治療中 |
空腹時血糖 |
《必須項目》 空腹時、糖負荷試験時の血糖およびインスリン抵抗性の評価 |
≧110mg/dl |
≧100mg/dl |
≧100mg/dl または2型糖尿病既往 |
≧110mg/dl または薬物治療中 |
尿中アルブミン |
尿中アルブミン排泄率 ≧20μg/分 または アルブミン・クレアチニン比≧30mg/g |
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WHOの診断基準は、糖尿病のリスクを持つ人々での特別な病型として、メタボリックシンドロームを捉えており、血糖値異常ないしインスリン抵抗性を診断必須項目としながら、それに心血管系疾患の危険因子が集積するという意味合いが強い。また、同基準では、診断のための測定項目として、糖負荷試験での負荷後2時間血糖値、Homeostasis
model assessment insulin resistance index(HOMA指数)、微量アルブミン尿なども用いられ、臨床面での運用上、やや煩雑である。一方、NCEP-ATP IIIの診断基準は、ウエスト周囲長、中性脂肪、HDLコレステロール、血圧、空腹時血糖のうち、いずれか3項目での異常値の集積を要する。このNCEP-ATP III診断基準の特徴としては、体重過多ないし肥満のなかでも内臓脂肪蓄積型肥満がより重視された点、インスリン抵抗性に関する基準を除き、一般検診などでの日常的測定が困難な微量アルブミン尿も測定項目から除外された点、そして危険因子間で診断上の重みづけをしない点、が挙げられる。これら2つのメタボリックシンドロームの診断基準に次いで、2005年にIDFから、中心性肥満(ウエスト周囲長の増大)を必須項目とする新たな診断基準が示された(文献3)。時期を同じくして、わが国では、同年4月に日本内科学会など8学会の合同委員会から、日本人のエビデンスに基づいた診断基準が発表された(文献4)。わが国の診断基準はIDFのものと同様、ウエスト周囲長で評価する肥満[(男性)85cm以上、(女性)90cm以上]を診断必須項目とし、それに加えて、リポ蛋白異常(中性脂肪150mg/dl以上かつ / またはHDLコレステロール40mg/dl以下)、高血圧(収縮期血圧130mmHg以上かつ / または拡張期血圧85mmHg以上)、耐糖能異常(空腹時血糖110mg/dl以上)の3項目のうちいずれか2項目以上に該当するものとしている。この2005年に公表された診断基準の背景には、内臓脂肪蓄積型肥満がインスリン抵抗性を基盤として、脂質代謝異常、高血圧、耐糖能異常を惹起するという、互いに関連した病態としてメタボリックシンドロームを捉えようという最近の国際的な動向があるといえる。
上述したごとく、3つの診断基準で用いられている測定項目、および異常と判定する際のカットオフ値自体は、互いに重複する部分が多いものの、同じ「視点」でメタボリックシンドロームを捉えてはいない。同症候群を診断するうえでの当面の目標は、心血管系疾患のリスクの高い人々を重点的に見出すことであり、必ずしも特徴的(かつ病因的に均一)な臨床病型を明確に規定しているものではない点に留意する必要がある。
参考文献およびURL
1) http://whqlibdoc.who.int/hq/1999/WHO_NCD_NCS_99.2.pdf
2) National
Cholesterol Education Program: JAMA, 285: 2486, 2001
3) http://www.idf.org/home/index
4) メタボリックシンドローム診断基準検討委員会: 日本内科学会雑誌, 94: 749,
2005
メタボリックシンドロームの発症頻度は数多くの疫学研究により報告されているが、対象となる人種や適用する診断基準により、その結果は大きく異なる。
表2. 疫学研究におけるメタボリックシンドロームの発生頻度
研究名ないし人種名 |
国 / 地域 |
調査年 |
対象者数 |
平均年齢 |
男性 / 女性 (%) |
診断基準 |
発生頻度(%) (%) |
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(報告年) |
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欧米 |
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NHANES
III |
米国 |
1988-1994 |
12,363 |
64.3 |
48
/ 52 |
NCEP |
男性:22.8 |
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女性:22.6 |
San
Antonio Heart Study |
米国 |
1979-1988 |
1,081 |
52 |
44
/ 56 |
NCEP |
男性:24.7 |
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(白人) |
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女性:21.3 |
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WHO |
男性:24.7 |
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女性:17.2 |
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1,656 |
50 |
42
/ 58 |
NCEP |
男性:29.0 |
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(メキシコ系アメリカ人) |
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女性:32.8 |
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WHO |
男性:32.0 |
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女性:28.3 |
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米国 |
1991-1995 |
3,224 |
54 |
47
/ 53 |
NCEP |
男性:26.9 |
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女性:21.4 |
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WHO |
男性:30.3 |
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女性:18.1 |
DECODE
study |
欧州11地域 |
1971-1994 |
11,507 |
57(中央値) |
54
/ 46 |
WHO* |
男性:15.7 |
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女性:14.2 |
The |
フィンランド |
1984-1989 |
1,209 |
51.5
± 5.9 |
(男性のみ) |
NCEP WHO |
男性: 8.8 男性:14.2 |
アジア |
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Indian
population |
インド |
(2003) |
1,091 |
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49
/ 51 |
NCEP |
男性: 9.8 |
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女性:20.4 |
Korean
population |
韓国 |
2001 |
40,698 |
41.2
± 9.2 |
65
/ 35 |
NCEP |
男性: 5.2 |
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女性: 9.0 |
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日本 |
1988 |
2,366 |
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NCEP |
男性:16.6 |
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女性:22.0 |
端野・ |
日本 |
1993 |
808 |
60.3
± 11.9 |
(男性のみ) |
日本内科 |
男性:25.3 |
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学会 |
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米国の一般住民を対象としたThe Third National Health and Nutrition
Examination Survey (NHANESV)、Framingham Offspring
StudyそしてSan Antonio Heart Studyでの、NCEPの診断基準を用いたメタボリックシンドロームの頻度は、男性22.8-26.9%、女性21.3-22.6%であった(文献1-3)。後2者の調査研究では、NCEPとWHOの2つの診断基準を用いてメタボリックシンドロームの頻度を比較しているが、男性ではWHO基準の方が、そして女性ではNCEP基準の方がより高頻度を示す傾向があった。
ヨーロッパの11のコホートを統合したDiabetes
Epidemiology: Collaborative analysis of Diagnostic criteria in Europe (DECODE
study)では、WHOの診断基準を用いているが、男性15.7%、女性14.2%と、米国での報告と比べて低頻度であった(文献3)。日本以外のアジア地域に目を向けると、インド人でのメタボリックシンドロームの頻度は男性9.7%、女性20.4% (文献4)、韓国人での頻度は、男性5.2%、女性9.0%と報告されており(ともにNCEP基準を採用)、欧米と比べて、特に男性における罹患頻度が顕著に低い(文献5)。
日本人での調査研究としては、これまでに久山町研究(文献6)と端野・
診断基準における数値の統一は、異なる地域間でのメタボリックシンドロームの頻度を比較する際には一見有用と考えられるが、少なくとも腹部肥満(ウエスト周囲長のカットオフ値)については、人種や性別を考慮する必要があり、その点が2005年に策定されたIDFの基準でも取り入れられている。
参考文献
1) Park YW, et
al.: Arch Intern Med, 163: 427, 2003
2) Meigs JB, et
al.: Diabetes, 52: 2160, 2003
3) Hu G, et al.:
Arch Intern Med, 164: 1066,2004
4) Gupta A, et al.: Diabetes Res Clin Pract, 61: 69, 2003
5) Lee WY, et al.: Diabetes Res Clin Pract, 65: 143,2004
6) 大久保賢ほか: 臨床と研究, 81: 1736, 2004
7) Takeuchi H, et al.: Hypertens Res, 28: 203, 2005
メタボリックシンドロームの診断は心血管系疾患の予防に密接に関わっている。たとえば、メタボリックシンドロームと冠動脈疾患の発症リスクとの関連については、いくつかの疫学研究の結果が報告されている。フィンランドのThe Kuopio Ischemic Heart Disease Risk
Factor Studyでは、1,209名の男性を対象として11年間の追跡調査が行われた(文献1)。NCEP基準によるメタボリックシンドロームの有無と虚血性心疾患あるいは心血管死、および全死亡との関連が検討された結果、 メタボリックシンドロームは虚血性心疾患による死亡のリスクを3〜4倍上昇させることが示された。また、WHO基準が用いられたThe Botnia studyでは、3,606名を平均6.9年間追跡し、メタボリックシンドロームと心血管系疾患の発症リスクについて検討している(文献2)。その結果、メタボリックシンドロームは、肥満、脂質代謝異常、高血圧、微量アルブミン尿、インスリン抵抗性といった個々の危険因子とは独立して、冠動脈疾患(相対危険度2.96)、心筋梗塞(相対危険度 2.63)、脳梗塞(相対危険度 2.27)の規定因子であることが示された。これらの研究は、たとえ個々の危険因子の病的レベルが軽度から中等度のケースであっても、危険因子が集積することにより心血管系疾患の発症リスクは相乗的に上昇することを示唆するものであり、まさにメタボリックシンドロームの疾患概念を表している。
メタボリックシンドロームの診断は、心血管系疾患の高リスク症例として特定の患者に注意を促すことにより、各危険因子の早期かつ総合的な管理につながり、第T項「メタボリックシンドロームの概念」のところでも述べた通り、近年、世界的に重要視されている、効率的・効果的な「心血管病」の予防を可能にする点で臨床的意義が大きい。
参考文献
1) Lakka HM, et
al.: JAMA, 288: 2709, 2002
2) Issomaa B, et al.: Diabetes Care, 24: 683, 2001
執筆者(文責): 眞茅みゆき
メタボリックシンドロームの概念 (前ページ)
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